2014年03月10日

思い直す日

今週は、通常業務にプラスで増税のおかげで、約4千点の商品の価格を5%から8%に一人で修正する地味だるい作業をやっている。
加えて、確定申告もしなきゃだし、シュウマイの皮が余ってるからシュウマイ作らなきゃだしで無駄に忙しいのである。

そんな年度末に、思い出すことは何かと沢山ある。

3月といえば、大学には二回落ちたし、大学院にも落ちたし、大学院が終わって婚約していた人とはダメになってしまった。
色んな年齢の私において、「人生のY字路」的なものがあった時期で、季節が近づくと思い出しては脳内総集編を繰り返している。

いつの年を思い出しても、辛かったなぁ〜と思いながらも、今の選択と結果でよかったなぁ、とも思うし、周りの人に感謝の気持ちがわいてくる。
年を重ねるごとに、私は幸せになっているように感じている。
悪運が強いというか、捨てる神あれば拾う神あり、のような展開というか。

そんな風に思う出来事が山積みな3月だけども、
明日はやっぱり違う。
それはもちろん、2011年の3月11日の事で、何がどう他の出来事と違うかというと、その日は、その日から今までは、ずっと今で、さっぱり過去になっていないというところ。

http://www.youtube.com/watch?v=Bsk2ioK0Lrg
これみて、そのときの事、思い出す人は私だけじゃないんじゃないかなと思う。

思い出す、とか言ったけど、明日は、思い出すんじゃなくて、思い直すような日のように思う。
全然過去ではない出来事を、普段は日々を進めるために見ないようにしていることを、見る日のような。

たぶんだけど、
今生きている人は、自分の親やその親ほど長く生きないんじゃないかと思う。
加えて、戦争も、起こるはずのないフィクションや、過去の言い伝えとかでもなくなってしまった。
エネルギーと経済の問題が解決しない限り、原発も私含め多くの人が望む方向にはいかないかもしれない。
豊かさの限界に差しかかった世界は、発展した国でも、貧しい国でも「貧困」から逃れられないかもしれない。

でも不思議な事に、全然、前よりは不安は無くて、
何も知らない、生かされているだけの時期よりずっと実感を持って生きている。
知らないから、怖いと思っていたことは知るようになったし、
出来なくて恥ずかしい、と思うことは日々でできるようにするようになっているし、
そういう事ができるようになって、人に色々あげられるようになったとも思う。

状況が変わっても、人間は(と言うか自分は)実感を求めて生きていて、
それだけが希望かもな、と思う。
posted by 久恵真由美 at 23:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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