2011年12月09日

入院と手術

11月20日、別府、野口病院に入院しました。



数日は検査だったので元気なのに寝巻きでベッドに居なくちゃいけないのが不思議な気分でした。

野口病院には、最近の病院にあるようなコンビニ、コーヒーショップ、などはなく、3畳くらいの簡素な売店が一つあるだけで、病室に居る以外本当に何も出来ませんが
幸い、わたしには皆様の愛によって集まったマンガやアニメ、映画なんかが見切れないほど沢山あったので気がまぎれる要素は充分にありました。感謝感謝。



つらかったのは病院のご飯がまずくて少なかった事。
ご飯はいっぱいあるのにおかずが、、、術前、まだ何とも無かった時はホンとさみしい気持ちになりましたよ。

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お肉ちいさい・・・・(´・ω・`)



手術前は、今から思えばひどくナーバスになっていました。
別に何がつらいというわけでもなかったけれど、知らないうちに色々ストレスを抱えていて、前日に無自覚に爆発して大変でした。(周りが)
本人は正常なつもりなのでたちが悪い。








手術日当日、さすがに緊張しました。

なんだかんだ全身麻酔っていうのは、目覚めた時全く知らない状況に居るって言うのがなんだか気持ち悪いし、大概目覚めるとそこらじゅう不自由で痛いしで、しかも何度か経験しているので初めてとは違った緊張がある。
・・・・・手術前に昼寝しちゃったけど。
お父さんと彼に見送られ、歩いて手術室へ。変な感じだ。






着替えて、手術台に乗り、麻酔用のルートをとりに看護婦さんがきたのだけど、
何かがおかしい。


うっ、、、
臭い。
この人ワキガだ!


麻酔の針を入れるのは結構痛いんですが、なんかそれどころではなくなってしまいました。
よかた、、のか?!














隣の人がまだ手術中の中私は運ばれ、麻酔へ。

看護婦さんに「お腹へって死にそう、から揚げかお好み焼き食べたい。。。。」

と言ったのを最後に記憶がない。


目覚めた時には手術台で、「ありゃ、もうちょっと痛いのあるよ〜・・・・よし!」
って誰かが言っていた。(ちょっと早く目覚めた?)






嗚咽を吐きながら気管に入った管が抜かれる。

やっぱり苦しい。息が上手く出来ない。あたりまえだけど痛い。怖い。



集中室に運ばれ、二人の顔を見て少し落ち着く。
動けない私の代わりに先生の話しを聞いてきてもらって、結果を伝えてもらった。


大成功で、神経や気管を傷つけることなく、転移しているリンパ節もろともキレイにとれました


とのこと。



よかった。

手をぎゅっと握ってもらったら、急にふーっっと色んなものが抜けていって心地良くなって
涙が出た。
喉にたんが詰まって息ができないって言うのに、鼻も詰まってしまった。









ああ、ちゃんと終わって、あとは良くなっていくだけでいいんだ。
と、色んな場所が苦痛の中、いい気分でその夜を乗り越えました。

朝には腹ペコだったので
看護婦さんにお茶漬けの元を部屋から持ってきてもらい、早速五分粥を食べました。

その後は、首周りが少し腫れたりしたものの、日に日に良くなり、術後4日で抜糸をし、一週間で退院。
今は食べ物が少し飲み込みにくかったり、体力が多少落ちてはいるけれど、それもだんだん良くなっています。傷も半年もすればきれいになるみたいです。


ほんと、先生が言うとおり優しい癌なんだなと思いました。
別に早期発見でもなかったけれど、取れば治るという。
来週一度予後検診を受け、その後は半年、もしくは一年に一度の検診で済むそう。



入院中は、当たり前だけど、自分で何もできなくて、毎日ご飯を食べて寝るだけの日々で、自分が何もできないどうしょうもない人間になってしまったみたいで、だんだん自信がなくなっていったようにおもいます。
体が元気になっていくにつれ、元の生活の事を考えると、もう居場所が無いんじゃないかとか、自分には何の力も無くなってしまったんじゃないかと不安になっていって、焦って、しばらく落ち込んだりもしました。


人は、体さえ元気で生きていればいい、ってわけじゃないというのを実感しました。

これから、やっていける、みたいな自信とか、期待とか、やっぱり必要だと。



今は金沢に戻り、少しずつ日常をとりもどして、自信をつけています。
簡単な事でも、昨日までやってなかった、できなかったことをするのが一番の薬で、できたという充実感だけが次の日の元気につながります。
着実に、急ぐみたいな事でしょうか。
がんばります。













入院中のショット



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ご飯が味気ないのでスイーツがやたらうれしい

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へへへ

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難しい事書いてる風ですが、お絵かきしりとりです。

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退院の日。お世話になった個室のベッド。私服がうれしい!




posted by 久恵真由美 at 11:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

美味しいものをたべていました。


もぐもぐ


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にこ

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まだイケルな








入院すればやせるだろうって思ってめちゃ食べました。
ぷくぷく。





posted by 久恵真由美 at 00:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

病気が見つかる。

一つ前の日記に少し書きましたが、最近大きな病気が見つかり、入院して手術をしました。


それがなんとも不思議な、流れで、、、





コマンドNの別府のレジデンス中に高熱を出して、病院に行くことにしました。
熱は39度を越していて、始終悪寒が続いていて殆ど動けない状態。
しかもその日は日曜で、時間も午後にさしかかろうとしていて、やってる病院が全然無い。
必死でiホンで探して奇跡的に一件ヒット。
フラフラになりながら行って見ると駅前にあるその病院は、概観はピンクでスタッフも全員女性の「レディースクリニック」という感じの病院。内科一般と美容、乳がん検診なんかもやっている感じ。
待合には食と美容の本がたくさん置いてあり、きっと私は珍しいタイプの患者だろうなと思いながら待っていました。


それから診察があり、血液検査や尿検査、レントゲンなど色々調べてもらったのですが熱の原因がわからず、肺炎と腎盂炎、などが疑われるということで、なんと半身のCTを撮る事に。

高そうだ、、、と思い


私 「どうしても撮らないといけないですか?いくらぐらいになりますか?」


先生 「そうですね、やはり原因が分からないと対処できないので。。。
    ええと、今日全部で8000円くらいですね。」


私 「今日5000円くらいしかもって無いんです。。。」


先生 「明日でかまいませんよ(にっこり)」


私  「お願いします(泣)」

CTなんて撮った事無かったし、熱だけでCT撮るなんて丁寧だな。。そもそも駅前の内科の個人病院にそんなものがあるのがすごい。と、悪寒でガクガク震えながら初CT。



先生 「肺も腎臓も異常ないみたいです。」

私  「・・・・(8000円 泣)」

先生 「なんですが、、、ここ、喉の方なんですが、
    甲状腺に石灰化した腫瘍みたいなものがあるみたいです」

私  「え?」

先生 「一度専門の病院で調べてもらった方がいいかもしれません。」

    金沢に帰られて、でもいいと思うけど、もし特に心当たりが無いのであれば、
    別府には野口病院ていう甲状腺の凄く有名な専門病院があるので折角の機会だから
    いってみたらいいかもしれない。紹介状書きますよ。」

私  「そうですか、考えてみます。」

    (甲状腺てなにするとこだっけ、、腫瘍みたいなものってなんだろ、それより熱がつらい。。)





それから結局熱の原因は分からず、
点滴をして様子を見ることになり、熱はだんだんとよくなっていきました。
最後の点滴の日、再度野口病院での検査を進められました。

金沢で病院探すのもめんどくさいし、有名病院てどんなだろ、と思った私はCTと紹介状をもって次の日野口病院へいくことに。









次の日、待つのがいやだと思い、朝8時半ごろ病院へ行くと、すでにもう座る場所がないくらい混雑していました。
人気病院なんだな、と実感しつつ受付を済ませると、「検査までこちらを読んでお待ちください」と、甲状腺の病気について書かれた冊子を三冊どさっと手渡されました。
それもシロウトのための絵つきの字の大きな解説がある感じではなく、データと分析がびっちり詳しく書かれた冊子。


これ 

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生物の教科書かよ!
なんか病院側の熱意が伝わってきます。




・・・・・甲状腺の腫瘍は100人に5人くらいの人が持っていて大体は良性で、経過観察が殆ど、悪性でもとても治りやすい・・・・



なんだ、結構頻繁に見つかるモンなんだな。。しかも殆ど良性。殆ど。。。

検査には二日かかり、待ち時間もかなり長かったけれどおかげさまで退屈せずにすみました。
腫瘍に針をさして中身を見る検査や、入念なエコー、放射性物質摂取による甲状腺機能の検査。。。始まるとものすごく手際よく進んでいきました。さすが専門病院。

二日目朝、いよいよ結果を聞く順番に。





先生「甲状腺に腫瘍があります。右側にあって、そのおかげでの甲状腺は殆ど機能していません。」


私 「はい。。。」


先生 「腫瘍には、良性と悪性があります久恵さんの場合は・・・」


私  「はい。」


先生 「・・・悪性です。」


私  「。。。はい。」


先生 「悪性ということは癌です。けど心配要りません。甲状腺の癌は、とてもよい癌で、
    治りやすいですから。死に至る人はほとんどいませんよ。」

私  「あー。。。あー、はい。」


先生 「ただ、腫瘍が大きく、かなり気管に迫っていて、圧迫しています。
    この辺に声を出すための神経が通っています。そこを傷つけると、
    声が永久的にかすれてしまうかもしれません。歌は好きですか?」

私  「はい、好きです。」


先生 「だったら、やっぱり、専門病院でうまい人にきってもらった方がいいと思いますよ。
    北陸には専門病院は無いし、これも何かの縁、うちで手術するのでどうでしょう。」

私  「はい。お願いします。」


先生 「あと、リンパ節への転移も見られます。だけど心配要りません。
    若い人の癌には良くあることです。」


私  「。。。はい。」


先生 「では手術日はいつにしましょうか。。。。。」













ほとんど、「はい」しか言えませんでした。



癌て、あの癌だよね?
声出なくなるの?
転移って??

でも死んだりしないって言ってたし。。。


頭がグルグルのまま、とりあえず、親と彼氏に電話。
冷静に喋ろうとすればするほど妙なテンションに。

「手術でとっちゃえば平気みたいだし、死んだりする人めったに居ないから平気だってさ!」

とはいったものの、やっぱり平気じゃない。


たまたま、レジデンスに来て、
たまたま、熱が出て、
たまたま、首までCTをとって
たまたま、腫瘍が見つかって、
たまたま、すぐ近所に有名な病院があって折角だから調べてもらったら


癌でした!


とか!!
偶然多すぎるし展開急すぎるよ!
何だよそれ!






滞在先の部屋で一人グルグルしてると


彼氏から電話が。

着いたよ〜って。

なんと、心配して、すっとんできてくれた。
ほっとして、私涙ぼろぼろ。




簡単な私は、なんかだんだん嬉しくなってしまって、その日は昼間のことが全然たいした事じゃなかったかのように不安な気持ちを忘れて過ごせました。

それから
その時やってた事を大体投げ出すことになりました。レジデンスや、問屋町の次の企画、シンポジウムや美術館のアルバイト。。実際体調に問題があったり、時間的に無理だったり、先方に断られたり。
やれた事もあったけれど、レジデンスを中断した時点で、なんだかいつもの日常には戻れなくなってしまっていて、最低限やらなきゃいけないことだけやって、料理をしたり美味しいものを食べてのんびりしていました。

思考はほとんど止まっていた気がします。
手術が終わって、退院して、今ちょっとづつ日常を取り戻しています。


入院中のことはまた別の日記で。


posted by 久恵真由美 at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

レジデンス、それから。

久しぶりの更新になります。

すっかり書きそびれていましたが、シャンユエが大成功に終わってそれからの私というのは大変いろんなことがありました。

本当に。

シャンユエが終わってすぐ、私はコマンドNによるレジデンス事業に参加し、秋田、大分、富山の3ヶ所のアートプロジェクトをめぐり、調査する旅に出ました。

コマンドN
http://www.commandn.net/
レポートブログ 
http://blog.livedoor.jp/cn_air2011/archives/cat_197630.html

アートに関わる者が、本質的に社会に居場所を見出すにはいったいどうしたらいいのか。
そのヒントを探しに、地方アートスポットをめぐりました。
誰がどんな風に関わって、どういったニーズにこたえているのか、それを抱擁する風土はどんなものか、情報での知ったかぶりでなく、行って見て、わかりたい、というのが目的でした。

通常、アーティストがレジデンスをするというと、制作に新たなエッセンスや視点を求め、ということがメインだと思うのですが、私はそういったものは無意識下に自然と蓄積され熟成されるものだと思っているので、その事は目的として意識せず、全く違うモチベーションを元に旅に出ました。



自分達が生きる社会で本当に色々な役割があるなかで、表現に関わるものが胸を張って生きていける場所が存在する事は無いのか、私たちがやっている事はそんなに後ろめたい気持ちでやらなきゃいけにことなのか、お金に還元されることが無ければ、その価値は証明されないのか。

そして表現に関わる人間は何故諦めてしまっているのか、無力だと思い込んでいるのか。
なぜ意識の奥底ではで被害者のままで居るのか。



ずっと疑問なのです。不確かな価値をお金のスケールに換算して計る方法は可能性の一つだけれど、それでままならないものもたくさんあります。何か、誰もが幸せになるいい形に出来ないか探しています。
これは、国のあり方、社会のあり方、これまでの歴史全てに関わってくる問題だけど、当事者でなければ説得力を持って語れません。

私は今の日本に生まれ、育ち、芸術に関わっています。

「日本に生まれた」ことも「芸術にかかわっている」ことも「社会の中で生きている」こともバラバラではなく、一つの体と時間に起こっている事ですから、どれか一つだけというわけにいきません。
全てが調和する事が望ましい。だったら目指してみたい。




・・・そんな感じで心意気ご立派に、出発した旅は、このあと、残念ながら最後まで行くことが出来ません、でした。

病気になってしまったから。
そのことは別の日記で。


途中で終わってしまったけど、秋田と大分での体験はとても貴重なものでした。
関わっている人の人となりや動機、現状を知る事は行って見ないとわからないことで、それは問題意識のある人達のニーズを知る事に他ならなかったから。


私はこれを、自分の立っている場所からどう生かせるのかここらかどうぞ見ていてください。自分の期待にこたえられるよう、がんばります。








posted by 久恵真由美 at 20:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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