2011年06月13日

交わるほどに、はっきりとわかってしまう

表現の区分けが、横断的に、融合的になるにつれ、その差異縮まるように思えるけど、
逆だと感じている。


交われば交わるほど、それぞれの価値が、特徴が、色々な意味で浮き彫りになり、それぞれが、バラバラにに分解されていく。
構成要素と、繋がり方に分けられていく。


それがデジタルなようにあらわされる事(数字とか、単位とかで均一記号で分割して見せて組み立てる)が、最近の流行だったように感じるけれど、
分割の仕方っていうのは、そんな「分割ありき」な単純なものじゃなくて、交わってはじめてわかるような、実感するよう差異からいやおうなく来るものなんじゃないか。


たとえば、男は〜女は〜、と言ってみた所で、実際はその人と交わってみないとわからないし、経験でしか語れない。
予測は出来ても、それ以上の説得力はもっと肉薄したところでないと生まれない。



交わって、差異を見つけて、繋がる事の不思議や、面白さを楽しむ方が、どうでもいいことも含めわかるようにおもう。

予習は勿論大事だと思うけど。
今の自分がわかる範囲ってそんなに凄いのかな?

画像 436.jpg


posted by 久恵真由美 at 00:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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